配電盤よ、安らかに

85%フィクションと15%の今はもう失われたもの

消えないように傷つけてあげるよ

彼女は、彼が自分にくれているものは、全部気まぐれで、寄ってくる犬に餌をやっている程度の気持ちで、自分などいてもいなくても良いくらいに思われているのは、正確に把握していた。

それでも、その酷い男を、とろけるほど愛している私が悪いのだ、と彼女は思う。

「お前が会いたいって言うから時間を作ってるのに、一回もやらせないなんて本当に筋が通らないよ。お前だって解ってるだろうけど、別にそういうことが出来る女性は他にだっているし、全てはプライオリティの問題なんだよ」と彼は言う。彼は彼女の傷つく顔を見たがっているのだ。近寄ってきた子犬を蹴飛ばして、それでも尚すり寄ってくるような愚かさを見たがっている。存分に見てくれ、実際にそうなのだから。

君を愛している私が悪いのだ、と理解している。それでももう、本当に、君の目も手も愛おしくて、なんだってしてあげたいよ。綿菓子みたいに優しくしてあげよう。君を全面肯定してあげるよ、悪いのは私なのだ。そうすれば、彼は自分を少しでも必要とするだろうか。本当に、不毛な恋ほど惨めなものはない。惨めさは身を蝕む。馬鹿馬鹿しくて泣く気にもなれなかったから、いつだって泣き喚きたいような気持ちはあったけれど、一度も彼を思って泣いたことなんてなかった。そういうのは、正しくない。

彼は、「それで、おまえはどうしたいの?」と何度も彼女に聞いた。
このままでいたいだけだ、と思う。彼がいずれ、彼女に飽きて襤褸雑巾みたいに捨てることは解っていた。いずれ自分だって、こんな思いを手放してしまうことも解っていた。セックスをしないのは、ただそのときを早めるだけの意味しかないのが解っていたからというだけの理由だった。セックスというものは、不思議だ。彼女の身体なんて、彼が抱く他の女性の身体と、別に何ら変わるところなんて無いはずだった。けれど、それは棚上げすればするほどおかしなことになった。さっきみたいに、取引の材料みたいに扱われるのは可笑しかった。そんな大したものではない。でも、よく考えた末に、それが最善だと考えたからそうしているのだ。

彼と同じ指輪をしてる主に、(多少の同情の念はあるものの)少しも悪いとは思っていなかった。彼女は別に、その女性の地位を脅かしたいわけではなかったし、ただ、なにか、本当に、なにか小さな約束が欲しかった。また会おうね、とかそういう程度の。

彼女にも、彼女を好きという可愛らしい男の子がいたけど、少しも悪いとは思っていなかった。

世界は、本当に酷い人間が、中途半端に酷い人間を支配して回っているのだ、と彼女は思う。そして、それを望んでいた。支配関係でも何関係でも、無関係よりかは良い。

 

とりあえず咲いてる花は全部摘むような男だ 会ったときから」

そんなことは解っていたのになぁと声に出して言ってしまう。
とろけるほど好き、死にたいほど好き、何もかも捨てられるほど愛しているから、花以外の生き物になりたいと願った。